内田魯庵が使ったマンモスという万年筆

2011年03月31日




 夏目漱石はデ・ラ・ルー (De La Rue)製の "ペリカン"ペン("Pelican"Pen)という万年筆を使っていたが、漱石自身はあまりこの万年筆には満足していなかったという話は丸善文房具目録-その2で書いた。では、漱石と親交があり、漱石にいろんな万年筆を薦めていたという内田魯庵はどのような万年筆を使っていたのだろうか。


 内田魯庵は、漱石にオノトをくれてやったりしているくらいだからかなりの数の万年筆を使っていたようであるが、そのうちのひとつにデ・ラ・ルー製の「マンモス」という通常の万年筆よりかなり太くて長い万年筆がある。魯庵がこの万年筆を使っていたことは、万年筆収集家として良く知られているすなみまさみち氏が、NHKテレビ番組の中で、内田魯庵のお孫さんを訪ねて実際に確認している。ここにそのマンモス万年筆の実物があるので写真とともに紹介したい。


メーカー名 : デ・ラ・ルー製 
モデル名 : オノト No.4600 (通称マンモス)
ペン先 : No.8 (デ・ラ・ルー製では最大)
吸入方法 : プランジャー式
キャップの径 : 14.3mm
胴軸の径 : 12.4mm
キャップを収めたときの長さ : 163mm
キャップを尻軸側に挿したときの長さ : 216mm


 デ・ラ・ルーの万年筆としては良く知られているものに「マグナ」という万年筆があるので、大きさを比較する意味で並べて写真を撮って比較してみた。見てのとおり、「マンモス」はかなりの長さである。「これより太い万年筆はいくつもあるが、これくらい長さの長い万年筆はそれほどあるまい。太いということでは、それこそ「幻の万年筆」と言っていいくらい珍しいことで知られている「ブルドッグ」というものがあるが、これは流石に現物がないので並べることができない。


 実用として考えた場合、この万年筆を魯庵が日々の実用として使用していたというのは不思議なくらい大きい万年筆である。キャップを尻軸側に挿したときの寸法はなんと21センチ以上にもなる。これは、もう、人が文字を書くというにはあまりにも長すぎる寸法であり、持ってみると、太い筆を持っているようでバランスがどうのこうのと言っている場合ではない。バランスははっきり言って悪い。万年筆があくまで書くための道具であるならば、これほど長い胴軸にする必要はないはずであるし、現実的には使いにくく、万年筆としてはむしろ失格の部類に入るかもしれない。そういう万年筆である。現存する「マンモス」はかなり少ないことは間違いないところだが、そもそもこの万年筆は実用として使うにはあまりに長すぎて売れなかったのではないだろうかと思われるくらいなのである。

 魯庵は明治34年に書籍部門の顧問として丸善に迎えられている。そのころの丸善文房具目録に目を通してみると、ざっと下記のような万年筆が丸善に並んでいたことがわかる。


 明治30年代末 丸善萬年筆目録

1.ウォーターマン(Waterman Ideal Fountain Pen) 9種類

2.ペリカン 萬年筆 The “Pelican” Self-feeding pens  1種類 (デ・ラ・ルー社製)

3.レミックス實用ペン萬年筆  “Remex.” Fountain Pen.  1種類

4.オノト式萬年筆 “Onoto”   1種類  (デ・ラ・ルー社製)

5.エスビー印金ペン付萬年筆 S & B. Fountain Pen   1種類

6.カウス針萬年筆 CAWS STYLOGRAPHIC PENS.   2種類

7.グラビチー式事務用萬年筆  1種類

 
明治40年代 丸善萬年筆目録

1.オリオン萬年筆 Orion Fountain Pen  1種類

2.オノト萬年筆 THE “ONOTO” SELF-FILLING PEN   16種類

3.ブルドッグ形オノト萬年筆 SELF-FILLING SAFETY FOUNTAIN PEN  1種類

4.ペリカン萬年筆 THE “PELICAN” SELF-FEEDING PEN   4種類

5.ウォーターマン萬年筆 WATERMAN’S IDEAL FOUNTAIN PEN  22種類

   そのうち2本が安全万年筆(セーフティ)、4本がチェック萬年筆という婦人ポケット型)

6.ゼニス萬年筆 ZENITH FOUNTAIN PEN  1種類

7.コース針萬年筆 CAW’S STYLOGRAPHIC PEN  8種類

 
大正8年  丸善萬年筆目録

1.オリオン萬年筆 MARUZEN’S “ORION” FOUNTAIN PEN  1種類

2.アルビオン萬年筆 The “ALBION” Pen   2種類

3.オノト萬年筆 The “ONOTO” Pen  Self-Filling Safety Fountain Pen  14種類

4.自動注入ウォーターマン萬年筆 Waterman’s Ideal Fountain Pen   9種類

   (繰出式ウォーターマン萬年筆4本を含む)


 これだけたくさんの万年筆が丸善で売られていたのだから、魯庵が使っていた万年筆はかなりの数であったことは想像に難くない。おそらく。会う人あう人に、自分が使っていた万年筆を見せては薦めたりしていたのではなかろうか。万年筆が好きであった魯庵にとって丸善は願ってもない仕事場であったであろうし、丸善の仕事をするときはさぞかし有意義で楽しい時間であったであろう。


  すなみまさみち氏は著書「万年筆クロニクル」の中で「マンモスには2種類あり、魯庵が愛用していた剛直でストレートな8号ペンつきのマンモスはプロトタイプではないかと推測している」と書いている。ここにある写真のマンモスは魯庵愛用のマンモスとは違い、ペン先は肩が両サイドに開き気味のいわゆるスタンダードタイプのペン先である。私が過去20年間に見たマンモスは、ユーロボックスで扱った鍍金ペンのついたものを含め合計4本であるが、すべてこのスタンダードタイプのペン先であった。魯庵愛用のストレートタイプのペン先は私自身もこれまでにお目にかかったことはなく、プロトタイプの可能性は高いと私も思う。ちなみに、これらのマンモス#4600の万年筆はどの文房具目録にも出ていない。丸善の顧問であった魯庵が「これは大き過ぎて売れない」と判断したのか、あるいは、プロトタイプを含めた小数の生産で終わってしまったのか、それは分からない。いずれにしても極めて貴重な万年筆であることは間違いない。