丸善文房具目録 - その2

2010年09月23日

                                                                                                            (明治30年代発行「丸善文房具目録」より転載)


 

                                      

                      夏目漱石が使っていた "ペリカン" ペン ("Pelican" Pen) という万年筆


 明治30年代発行の丸善文房具目録に掲載されている万年筆をいくつか紹介したい。 先ず1本目は、夏目漱石が使用して
いたことでよく知られる  "ペリカン" ペン ("Pelican" Pen) である。   漱石が使っていた万年筆は、英国 デ・ラ・ルー社製 (De La Rue) の 
"ペリカン" ペン ("Pelican" Pen) である。  "ペリカン" ペン("Pelican" Pen) にはいくつかのモデルがあり、ユーロボックスではこれまでに7つの種類を確認している。漱石がどのタイプを使用していたのか定かではないが、おそらく下の写真のようなものを使用していたと考えて間違いはないであろう。丸善文房具目録に記載のものと同じではないが、現物があるので分解した写真を添付して若干の説明を加えておく。


   


 ペン先の造りはかなり簡単にできており、通常のペン芯はついていない。写真のように、金製のベロをペン先の上側にかぶせて金製のソケットで固定してある。胴軸の中はがらんどうで、胴軸のネジ部から先の部分がインクの流れを制御する部分になっている。後に販売されるプランジャー、インク止め式万年筆にあるような中芯が設けられていないので、インクの流れを直接遮断したり通気させたりすることはできない。また、空気の取り込みということにおいても、胴軸内からペン先まで抜けるインクの通る溝が単純な一本の穴だけであることから、この構造では外からの空気の取り込みが不自由ではないのではないかと考えられる。結果として、インクの流れも不安定になることは否めない。このように、各部品が単純で、全体としても至極簡単な構造となっており、この時点では、まだ様々な点においての技術的試行錯誤があったのではないかと推測される。

 

 果たして実際の性能はどうであったのだろう。 また、その当時の評判はどのようなものであったのだろうか。 "ペリカン"ペン ("Pelican" Pen) について、漱石の興味ある記述があることは知られているが、あらためてここに紹介しておきたい。漱石は、丸善が発行した「萬年筆の印象と図解カタログ」に寄せた「余と萬年筆」の中で次のように書いている。「不幸にして余のペリカンに對する感想は甚だ宜しくなかった。ペリカンは余の要求しないのに印氣を無暗にぽたぽた原稿紙の上へ落したり、又は是非墨色を出して貰はなければ済まない時、頑として要求を拒絶したり、随分持主を逆待した。・・・」 漱石はこのように書いており、 "ペリカン"("Pelican" Pen)については、あまり良い評価をしていなかったようである。 漱石が使ったこの1本がたまたまボタ落ちしたということは考えにくいし、同じようなクレーム(?)が丸善に持ち込まれていたとしても不思議ではない。ただ、少しインクがかすれるだけでも購入店に持ち込むというような現代と違い、当時の使い手は「萬年筆とはこういうもの」と割り切って使っていたのではないかという節もある。 

 

 参考のために私自身の経験も書いておきたい。 これまでに、4本の "ペリカン" ペン("Pelican" Pen)  にインクを入れて実際に使ってみた。結果として言えることは、インクの流れを制御するのが難しいこと、従って流れが若干不安定であること。強く振るとインクが落ちたりするような傾向はある、が、しかし、使えないということではない。私は、この "ペリカン" ペン("Pelican" Pen) を日常使いに愛用している熱心な愛好家も知っているし、考えてみれば、これくらいのことは、名門といわれるパーカー、ウォーターマン、マビー・トッドやシェーファーなどの万年筆でも少なからずあったと推測している。万年筆の黎明期でのことであり、一つのものを完成させるに必ず辿る一つの通過点でもある。私は、むしろ、1880年代に デ・ラ・ルー (De La Rue) が万年筆の開発においてここまで来ていたかとびっくりしているくらいである。


胴軸には下記の刻印が入っている。創始者、トーマス・デ・ラ・ルー (Thomas de la Rue)は、イギリス領ガーンジー島出身である。ドゥ・ラ・リューなどとフランス語のような読みの記述もあるが、トーマス・デ・ラ・ルー (Thomas de la Rue) はれっきとしたイギリス人であり、英語読みのデ・ラ・ルーが正しい読み名である。

PATENT   "PELICAN" PEN
THOS. DE LA RUE & CO.LTD.
LONDON.

 ところで、丸善文房具目録には「ペリカン萬年筆 英國製 」、英語表記は THE "PELICAN" SELF-FEEDING PEN と紹介されている。しかし、デ・ラ・ルー (De La Rue) が作った "ペリカン"("Pelican")という一つのブランドであるのだから、本来なら、デ・ラ・ルー社製(De La Rue)の "ペリカン" ペン("Pelican" Pen)とすべきでところである。"ペリカン" ペン("Pelican" Pen)にはあまり種類がなかったからなのか、あるいは「デ・ラ・ルー」ではあまりに読みにくいということでこの名前が敬遠されたのか、その辺の理由はわからない。いずれにせよ、日本では「オノト」はメーカー名のように扱われてきた経緯があり、今でもそのように解釈されているのが一般的である。この辺の間違いの原因は、ひょっとすると、丸善文房具目録にある記載の仕方にあったのかもしれない。 

 

 丸善文房具目録-その1で、私は「漱石はロンドンでもおおいに萬年筆を楽しんだであろう・・・」と書いたが、これは私の早とちりであったようで、漱石が万年筆に興味を持ち始めたのはどうもイギリス留学から帰国してかなり経ってからのようである。しかし、漱石が、「ロンドンでは萬年筆を使ったことがない」と吐露してない以上、漱石がイギリス留学時に万年筆を使ったことがないという理由にはならないし、その辺のことについては、いずれまた私が英国を訪れるときに、夏目漱石記念館などを訪ねたり、またいろんな方面の資料を探したりして確かめてみたいとも思っている。

 夏目漱石が使ったという、この、デ・ラ・ルー社製(De La Rue)の  "ペリカン" ペン("Pelican" Pen)については、いずれ機会をつくりもう少し詳しく書いてみたい。