ハンブルク ペンショー 2006 - Pen Port Hamburg 2006

2006年10月04日

 忙しい合間を縫ってドイツへ行ってきた。日ごろ忙しくしているので、海外へ出かける時 は、いつも、少しは息抜きになればなどと思いながら出かけるのだが、どっこい現実はそううまくいかない。目的地に着けば、帰りの飛行機に乗るまで血眼に なって万年筆を探し回ることになるのは目に見えているのだ。今回の目的地はドイツのハンブルク、恒例のハンブルク・ペンポート(ハンブルク・ペンショー) だ。今回は幸運にもペリカン工場とハノーバーにあるペリカン・アーカイブ(資料室)を訪問するという貴重な機会に恵れたので併せて報告する。

 

ハンブルク・ペンショー2006

 ペンショーの前日に行われたのがドクター・スーマー(Dr.Osman Sumer)によるペン・ワークショップ。日本で言えばペンクリニックのようなものと考えていただければいい。ただ、日本のペンクリニックなどではほとん どがペン先の調整に重点が置かれているが、このワークショップでは様々な修理を実践して見せてくれる。どちらかと言えば万年筆修理教室のようなものだ。彼 はドクター・モンブランとも呼ばれ、ことモンブランに関しては誰も一目置く。

 さて、ペンショーであるが、ドイツではいくつかのペンショーが 定期的に行われている。ハンブルク、ケルン、ベルリン、ミュンヘンなどがそれである。これらのペンショーに出店者の数はせいぜい20~30名程度と少なく アメリカのペンショーと比べて規模では遠く及ばないが、小さい分いずれのペンショーもファミリー的である。中でもハンブルク・ペンショーは、ペンショー以 外にもペン・ワークショップや仲間同士の食事会などがあり特別親しみを感じる。今年も10月3日に、例年と同様ハンブルクのMuseum de Arbeit (労働の博物館)にて開催された。 
 
  会場となったMuseum de Arbeit(労働の博物館)は、ドイツ国内のあらゆる労働に関連する資料や機械などを集めた博物館で、館内には大小さまざまな機械類や資料が陳列されて いる。博物館の外では恒例のフリーマーケットが開催されていた。 スポンサーは、ドイツ国内のアンティークやフリーマーケットを主催したりしているMarrkt & Kultur とCAS、Druck in Kleinen Mengenが組み、ペンショーの世話約はデイビッド・パリジ(David Parisi)さんが行っている。 彼は暇さえあれば冗談を言う気さくな、それでいて紳士な優しいドイツ人である。「ジェントルマン&スカーラー」という 言葉を時々耳にすることがあるが、それはまさしく彼のような人のことをいうのだろうと私は思う。偶然かどうかはは知らないが、このハンブルク・ペンショー は毎年10月3日に開催されるが、この日は彼の誕生日に当たる。ショーが始まるといつしか決まって、あの「Happy birthday」の歌声が流れ、出店者やコレクター、またそこに居合わす人達みんなに祝福されることになる。今年も奥さんと一緒に、大好きな万年筆やペ ンシルに囲まれて幸せな誕生日(ぞろ目の数字の)を迎えた。
 
  当然のことながら、ドイツのペンショーには多くのドイツ製万年筆やボールペン、ペンシルなどがたくさん出品される。モンブラン、ペリカン、ソェーネケン、 カヴェーコ、オスミア、マタドール、はたまたゴールドフィンクやカーハなどといった日本ではあまり知られていないようなものまで並ぶ。勿論、パーカー、 ウォーターマン、オノト、オマス、アウロラなどもあり、時には日本のパイロット、セーラーあるいはプラチナなども見かけることもある。それに、万年筆に関 する資料、ポスター、看板、様々なメーカーの販促品やインク瓶なども色とりどりに陳列されるのはどこのペンショーでも同じである。
 
  参加する人たちも、ドイツ国内の業者に加え、イギリスやアメリカ、デンマーク、イタリア、フランスとにぎやかである。私も長年このペンショーには参加して いるのでディーラーやコレクター達とは顔なじみであるが、彼らは万年筆専門のディーラーとうのではなく、他に職業を持つコレクターといった人たちがほとん どで、私のような万年筆を専門職としているものは珍しい部類に入るであろう。共通しているのは、万年筆の世界を楽しんでいること。だからみんな明るくて屈 託ない、素晴らしい人達だ。


 ペンショーが終わると夜は有志が集まっての楽しいディナーだ。 今回はオスマン・スーマーさんがトルコ料理レストランに招いてくれた。お酒を飲んで、美味しい物を食べて、楽しい万年筆談義、万年筆の世界はいずこも同じだ。


ペリカン工場訪問

 ペンショーの翌朝8時半に友人のデビッド・パリジさんにホテル まで迎えに来ていただき彼の車に同乗させてもらうこととなった。ドイツで車に乗るといつも感心するがドイツのアウトバーンは快適で素晴らしい。ドイツ車の 高速運転での安定性に加え、片側3車線道路で良く舗装されているので時速150キロというのは誰でもへっちゃらのようだ。以前ハンブルク空港からホテルま でタクシーに乗ったら運転手がスピード狂で、メーターが時速200キロを越したことがあった。よほどのことでは驚かない私も、200キロの初体験にはびっ くりしてグリップにしがみついていたことを思い出す。案の定我々の車もアウトバーンに入るとメーターはすぐに180を指していた。 


 我々はまず、ハンブルクから南へ約150キロに位置するパイネ という町に向かった。目指すはペリカン工場だ。何台かの車に分かれて行ったが、我々が到着した時にはもう他の人たちはすでに到着しており、すぐに説明が始 まり工場見学となった。 2つのグループに分かれてのライン見学となったが、およそ次のような工程であった。各工程の見学には、Pelikan Schreibgerateの著者であるユールゲン・ディットマー(Jurgen Dittmer)氏も加わり説明をいただいた。


1. Pelikano P460 のキャップ及び同軸の組み立てライン   
     (これは2日前に販売を開始したばかりの新製品ということであった)
2. カラー・ペイント、ワックス・クレヨン、インク・カートリッジ容器、インク・エレイザー、スタンプ台、消しゴムなどの生産ライン
3. 限定品「アルテミス神殿」の組み立てライン
4. M800の縞軸の製造過程の説明  青縞模様の大きなセルロイドのシート状のものがいくつかの段階を経て透明のバレルに組み込まれて一本の胴軸になるまで
5. M800青縞胴軸のバフかけのライン
6. #205デモンストレーター(新製品:日本では10月初旬発売)の組み立てライン
7. ペン先の製造過程 (金の板からペン先形状に打ち抜く過程から、イリジウム製球の溶着-切り割りを入れる-ペン先両側面の研磨-切り割りの隙間やペンポイントの最終チェック など) ペンポイントの研磨工程は見せていただけなかった。


 さて、ここでおおざっぱにペリカン社の歴史を記しておきたい。ペリカン社の正式な創立は1838年4月28日ということになっている。創設者のカール・ ホルネマン(Carl Hornemann)は創立当時絵の具の生産をして近隣国のオーストリアやスイスに売ろうとしていた。現在のペリカン社の骨格を作ったギュンター・ワーグ ナー(Gunther Wagner)は、科学の知識があるということで1863年、21歳の時にいきなり工場長として雇われている。ワーグナーは、1871年にホーネマンから 株を含む土地家屋、設備などすべてを買い受け、1879年にはオーストリアのウイーンに工場を移し、社名をGunther Wagner Hannover und Wienとした。ワーグナー家の紋章をあしらったペリカン鳥の母子マークはその前年に商標登録されている。1894年にはハノーバーに新工場 (Stammhaus)が建てられ、以来この工場でペリカン鳥を冠した様々な製品が製造されることになる。そして、新工場建設以来ほぼ1世紀を経た 2003年4月、ペリカンは、歴史を育み慣れ親しんだこの歴史的建物を離れWerftstrasse,#9(ハノーバー)の新社屋に移った。

 

 工場見学の後、技術部長のクリスティアン・エーラース (Christian Ehlers)氏と事業部長部長のマンフレット・プロイス(Manfred Pleuss)氏による工場説明と質疑応答の場が設けられた。現在ペリカン社は、パイネ工場の他にはメキシコやインドネシアなどに工場を持っているが、万 年筆はすべてこのパイネ工場で生産されている。「ペリカンと言えばハノーバー」というのが我々の一般知識であるが、生産部門に関して言えば、1973年 に、それまでハノーバー工場(Stammhaus)で行っていたすべての万年筆生産をハノーバーの東35キロにあるパイネという町に移している。


 パイネ工場では330人が働いているが、かなりの工程が自動化 されているせいか作業している人はまばらでこの工場の規模にしては少ないように感じた。工場見学はすべて興味深いものであったが、ペン先に関連する各工 程、とりわけ、イリジウムの溶着、切り割り、側面の切削や切り割りのクリアランスのチェックを含むペンポイントの最終作業などは見ていて非常に参考になっ た。全体としては、各工程が非常に効率良く設計されており働きやすいという印象を持った。我々が日頃目にしている様々なペリカンの筆記具がこのような最新 鋭の機械と徹底した品質管理の下に生産されている現場を目の当たりにして、あらためて「ペリカン」を知る貴重な体験であった。

 

 見学した各工程では他にも詳しい説明を受けたが、特に各部品の組み立てや製造に関する数値(日産)などはこの場での公開は不適当と思われるのでこれ以上の 説明は差し控えたい。また、当然のことながら、生産・組み立てラインでの写真撮影は許可されなかった。   面白い話をひとつ。工場見学に付き添っていただいたディットマーさんは1949年に入社して、最初に配属されたのがインクの生産ライン。「ある日インクを ズボンにこぼして洗濯したら2センチもズボンが縮んだことを覚えている・・・」と。  パイネ工場見学は予定されていた時間を大幅に越し、我々は急ぎ次の訪問先であるハノーバーの元ペリカン本社工場(Stammhaus)へと向かった。
 
 パイネ工場から車でドライブすること約40分、我々はハノーバーにある、あの歴史的建物であるペリカンの元本社工場に着いた。そこには以前のペリカン工 場の建物がそのまま残っていたが、残念ながら現在これらの建物は他社の所有社屋となっている。 建物は、幸いかな1930年代当時の外観をとどめる形で残されており、写真や絵などで知られている工場の煙突や正面玄関中央の8角錐の塔などは一部が改装 されてはいるもののおおむね当時そのままの姿で見ることができる。 建物の東側をペリカン通り、西側はギュンター・ワーグナーアベニュー、そこから西側に延びる通りはカール・ホルネマン通り、そして、これらの一画はペリカ ン・クォーター(Pelikan Viertel)とそれぞれ名づけられており、「ペリカン」は今もなおこの土地に生き続けている。 

 

 興味深かったのは、 当時正面玄関前に、ペリカン鳥が飼われていたという小さな池がひからびた状態でそのまま残されていたこと。1938年に発行されたペリカン社史にも、ペリ カン鳥が飼われていたことが写真入りで紹介されている。 ここで飼われていたペリカン鳥は、夏の間はこの池で過ごし、冬になるとハノーバー動物園に移されて いたという。現在ペリカン鳥はハノーバー動物園に移されているが、ペリカン社は引き続きこれらのペリカン鳥10羽についてスポンサーシップを持っており、 その内2羽は洗礼を受けペリカン社によって、それぞれ「Pelikano」、「Junior」と名づけられている。周知のとおり、「Pelikano」は 10歳くらいの学童用スクールペンであり、「Junior」は幼稚園くらいの、書くことを覚える年齢の子供たちのための「Pelikano Junior」で、どちらも子供用ペンの名前である。これらの製品の名前をペリカン鳥に授けるとは、ペリカンらしく、そしてなんともほのぼのとしたネーミ ングではないだろうか。


 建物全体を見て回りたかったが時間の都合でそれもままならず、 後ろ髪を引かれる思いで元ペリカン工場(Stammhaus)を後にし、ペリカン・アーカイブがある新しいペリカン本社へと向かった。   


 ペリカン・アーカイブでは、現在ディットマーさんが館長をされ ており、会社創設以来これまでに生産されてきた様々なステーショナリー製品や筆記具などおびただしい数の資料が陳列、収納保管されている。まずディット マーさんの案内で、1937年頃の様々な生産ラインの様子が映ったフィルムを見せていただいた。つい先程工場で見てきた、現在の最新技術を駆使した生産ラ インを思い出し比較しながら見ていると、当時の技術や品質管理の状況や違いが分かり非常に面白かった。また、フリッツ・バインドルフやギュンター・ワーグ ナーなど歴代代表者の銅像や、元の工場の会議室にあったと思われるような、ペリカン鳥を象嵌をあしらった演説台、様々な素材で造られたペリカン鳥の置物な ど興味深いものがところ狭しと並んでいた。圧巻はやはり万年筆だ。今では写真ですら見ることが出来ないような万年筆のプロトタイプや貴重な万年筆の数々、 それはそれはまばゆいものばかりであった。本棚にびっしり収まった数々の資料もペリカンの歴史を伝える貴重な、文字通り「アーカイブズ」である。お昼にサ ンドイッチが用意されていたが、私は食べるのも惜しみカメラのシャッターを押し続けていた。  


 我々の同乗者の一人が、帰りの飛行機に間に合わなくなるからと いうことで、我々4人は 先にハンブルクへ引き返すことになり、少々なごり惜しい気もしたが、ディットマーさんに今回の温かいおもてなしに対し丁重にお礼を述べペリカン・アーカイ ブを後にした。  (藤井)

 


Signboard of the Museum Der Arbeit (Museum of Labour)
Pen Port Hamburgの会場となったMuseum Der Arbeit(労働の博物館)の看板。

 


The Pen Show always take place with the flea market.
ペンショーと蚤の市はセットで行われる (左側の建物がペンショーの会場)

 


David & Karin Parisi, pen show organizer.
オーガナイザーの一人デビッド・パリジと奥さんのカリン。

 



 



There are many machines like the above displayed inside the house.
会場のあちこちにこのような機械が陳列されている。

 


Boris, Dr.Osman Sumer, Dr.Christian Dyballa and Goran Poadic.

 


Jurgen Kuhse standing by the wall.  壁側に立っているのがユールゲン・クース

 



 


Stefan Wallrafen (Collectible Stars author)chats with Poul Lund.

 


子供も良く見かける。 万年筆は子供にとっても特別なものではない。

 



 


Carola Kruner, Cliff Harrington, Gary & Myrna Lehrer and shabbir solanki.

 


Thomas Junge is speaking to Stephan Lucht, both board of CAS.

 


Tom Westerich chats with Dr.Axel Rosler.
Robert Posor at right and Tohma at far end.
左からトム・ウェストリッヒ、當間さん、アクセル・ロスラー、ロベルト・ポーザー

 


Christian Fricke





Archives displayed in the house. (Montblanc plate at bottom)
これもMuseum Der Arbeitの資料の一つ。 しっかりとMontblancのつい立も飾ってあった。

 



The world biggest Montblanc Meistershtuck.

あるコレクターの家で見つけたモンブラン、マイスターシュテュック。
しかも クーゲルニブ付きというので是非売ってくれと頼んだが・・・。

 


A workshop scene - surrounding Dr.Osman Sumer. (photo by Thomas Junge)
ワークショップの一こま - オスマン・スーマーさんを囲んで。


 



Pelikan Facotry Tour  ペリカン工場訪問

 

Pelikan factory in Peine town near Hannover.
All fountain pens and parts are made at this factory. (photograph from Pelikan catalog)
パイネ(Peine)にあるペリカン工場。  すべての万年筆がここで生産されている。
(ペリカンカタログから)



 The Peine factory entrance.   ペリカン工場(パイネ)の玄関。


Christian Ehlers, Engineering manager replys against visitor's questions after production/assembly line tour.
エンジニアリングマネージャーのクリスチャン・エーラース氏による質疑応答の様子。


Autographs of the factory staff on the wall near entrance.
工場で働くスタッフの手形とオートグラフが廊下の壁に飾ってあった。


Pelikan goods I bought at the Pelikan shop in house.
工場の生産ラインで頂いた消しゴムや工場内ショップで買った様々なペリカングッヅ。

 

 

 



Pelikan Stammhaus in Hannover  ハノーバーの元ペリカン本社工場

Pelikan Stammhaus in Hannover in 1906 and 1938 respectively.
(Photographs from the book; Pelikan Gunther Wagner 1838-1938)
1906年及び1938年当時のハノーバー工場全景 (1938年ペリカン社発行の資料から)

 


写真1写真2

The historical Pelikan Stammhaus is still there!!
Pelikan left this historical buildings on April 1st 2003 after about one century period productions.

写真1は古い建物の(上掲)左側の部分に当たる。 写真2は同じく中央の8角の塔
煙突は工場全体の暖房やスチーム電力用のもので1980年代に煙突のみを残して
近代化された。 煙突には今でもPelikanの文字が残っているのがかすかに見える。

 


The old door at left is the main entrance of the Stammhaus, and all
visitors of Pelikan passed through this door to go to the reception.
The door seems like it hasn't been changed for a century.

左の写真のドアは全館のメインドアで、ペリカン社を訪れたすべての人達がこのドアから入り、レセプション
へと進んだ。フレームなど1906年当時のままの形で残されている。  右側の写真は Stammhausの正面
から向かって左側の通路。突き当たり正面の建物の向こう側にもまだ建物は連なっている。

 


Some pelikan birds had been raised in this pond near the Stammhaus entrance before world war II, but
they have been transferred to Hannover zoo circa 1985.  Pelikan is a sponsor for those pelikan birds.
The pelikan birds at right have been baptized and named PELIKANO and JUNIOR respectively.

正面玄関わきに今も残っているペリカン鳥の池と洗礼を受けPELIKANOとJUNIOR
と名づけられた2羽のペリカン鳥。現在はハノーバー動物園に移されている。

 


The pelikan birds near Stammhaus entrance in 1938.
(photograph from the book; Pelikan Gunther Wagner1838-1938)
1938年当時、工場正面玄関わきの池で飼われていたペリカン鳥。
(1938年ペリカン社発行の資料から)


 

 



Pelikan office and Pelikan archive  ペリカン本社とペリカン・アーカイヴ



The current modern Pelikan main office at Werftstrasse, #9 Hannover.
現在のペリカン本社 Werftstrasse, #9(ハノーバー)


Bronze figures From the right: Fritz Beindorff(chief & proprietor from 1895 to 1944), Kurt
Beindorff, youngest son, Dr.Gunther Beindorff, eldest son and Fritz Beindorff, second son.

バインドルフ・ファミリーのブロンズ像
右からフリッツ・バインドルフ、クルト・バイドルフ(3男)、
Dr.ギュンター・バイドルフ(長男)、フリッツ・バインドルフ(次男)

 


Jurgen Dittmer talks with Christian Ott and Min Ding.
ヴィジターのクリスチャン・オット、ミン・ディンらと話す館長のディットマーさん(左端)




An oil painting of Pelikan birds at Pelikan Archive.
ペリカン・アーカイブの壁にかけてあった油絵。


I wish I have those pens!!
Prototypes and very very rare pens on parade!!
プロトタイプなどマニア垂涎の逸品ばかり。



 


A fountain pen cleaning & filling set.
販売店向けの店頭用サービスセット。
片方に水、もう一方は空にしておき、ペンの洗浄そしてインクを入れたりする。


A bronze figures of Pelikan at Pelikan archive.
飼われていたペリカン鳥を元に造られたブロンズ置物。


Jurgen Dittmer and me (Eizo Fujii) by the carved figure of Gunther Wagner.
ギュンター・ワーグナーの彫像をはさんででディットマーさんと私(藤井)


Rare ink bottles and ink boxes.
インク瓶の数々。  向こう側下段にあるインク瓶の大箱が珍しい。


This rostrum had been used in the Stammhaus at great assemblies.
ペリカン鳥の象嵌した演壇。大きな集まりなどがあった時に使用された。


Porcelain Pelikan ashtrays.   ペリカン鳥の灰皿あれこれ。




What a nice Pelikan stand! I wish I have this for my shop.
これはどこかのペンショップの飾りか。  1メートルくらいはあった。